自分は長年、あんまり自分の考えを言葉にしてこなかったんですよね。
なので、言葉にしたことはかなり旧メンバーにはインパクトがあったり、いろんな違いが浮き彫りになったのかなと思います。
ここ数年かな。言葉にし始めたのは。
テニスをただ一緒にやる関係から、どんな思いで自分がテニスやサークルと向き合ってるかをある意味、全員に突き付けた形になって、結局ほとんどの人には実はそれがミスマッチだったという。
自分にはそういうミスマッチはある程度見えてはいたけど、まあ組織として成立させないといけない(別にしなくてもいいんだろうけど)ので差分を補填してたようなものかな。ほとんどの人はその差が何だったのかは見えにくかったか、なんか違うと感じながら来てたというのもあったかもね。特に最後の方は。
レベルや能力の差というより、向き合い方の違いですかね。
もうサークルという組織としての運営はしないので理念みたいなものはサイトから外したけど、なんであんな理念を書いてたかというと、実際に自分が17年間サークルを見てきて問題になってきたことだったからなんですよね。ただ、それを自分は裏で処理してきたので、顕在化することは少なかったと思う。
ある意味、自分が書いた理念って「サークル問題あるある大全」みたいなもんですよ(笑)
そんな本出したら売れるんじゃないかなwめちゃくちゃ需要少なそうだけど(笑)年間売り上げ300円ぐらいとかw
まあ、それはいいとして。
単に頭ごなしに、これはいけませんよとか言ってたわけじゃなくて、それをやることで、誰かが苦しむ場面を何度も見てきたから、それを言葉にしただけ。
でも、それまでは自分の中では社会人なら出来て当たり前だよねって感覚や、サークルで理念なんて大げさ過ぎて窮屈になるだろうと思って出さなかった。
理念を出されることに後ろ向きな古参などもいたな。このままの緩い感じが良いって感じで。
でもその緩さの中で、誰かがその緩さを支えてたりするんですよ。誰も支えないで、なあなあにしてしまうサークルが多分多いと思うけど。それだと場の質が上がらないんですよね。むしろ劣化の一途をたどる。中にいる本人たちは気づきにくいけど。ある意味、ゆでガエル状態になるかもね。それでいいのであれば、それがその人たちの安住の地になればそれでいいんじゃないかな。それはその人の人生。
自分は質が低いのに耐えられない…(笑)
そんな場で自分はテニスしたくない…(笑)
時と共にメンバーも変わっていく中で、過去を知る人が減ったり(過去を知っててもね…というのもある)、長くいても自分事として捉えない人が多くいればそれは問題を問題として認識しないばかりか、その人達まで同じことをやったりするわけで、それはもう許容できなくなるよねという感じですかね。
そもそもそういう人たちって人任せなので、問題が全く見えないんですよね。わかってても放置したり、問題をすり替える人も出てきたり。
目に見えることには反応するけど、本質はそこじゃないんですよね。
サンテ何とかさんの書いた星の王子さまみたいに「大切なものは目には見えない」んじゃないかな。
そもそも問題に対処した経験が多分少ないんだろうと思う。というか、自分の基準がないというか。
職場などで分業してたら、そりゃあ責任もあいまいになるだろうし。個で問題を打開したり、責任を持って最後まで物事をやり遂げるとかそういう経験が少ない人も多いのかもしれない。まあ職場限定じゃないけど。
別にそれはそれで、その人の生き方なので自分がどうこういうことはないけれど、ただ単にもうそういうのは自分には合わないよねって感じかな。
今は個々でしか繋がってないので、理念なんかいらないし、こんな風にブログに言葉にして、合うと思う人がいればどうぞという感じで募集とかは別にしないかな。実際困ってないしw
どうしても来たいという人がいればそれは考える。
反対に合わない人は逆に膨大な調整コストになるから来ないでよろしい(笑)
ということで、まあどうなんだろ。たぶんこれまでやってきたことの蓄積が言葉になって溢れてるに近いのかもしれない。
別に考えて書いてるというより、経験が統合された言葉という感じかな。